先に結論を述べました
- 2009年 10月30日
- 投稿者 : halkc
喧嘩したくないので黙っているのです
ただそれだけ
結構よくあることなのだけど
あとになってジワジワ怒りが湧いてくるということがある
その時は気分が昂ぶっていたりだとか、例えば酒に酔っていたとか、聞き流していたりとか、その時はちょっとひっかかるくらいだったりとか色々で、そのとき感情が発露しないということはあるのだけど
元々人の話したことをよく記憶しているほうなので(相手と親しくなりたいなら普通のことかもしれない)相手の話したことはほとんど忘れない
アウトプットがうまくいかないことはあっても聞いているうちに思い出したり記憶と合致したりする
だから、言われて嫌だったことも忘れないし、あとで会話を反芻してみたりして(イヤなことばかりではないのだけれど)うわーこの言い草はないだろということがあるわけで
そういう時、端的に言えばああ、損したと思うわけだ
損って何だよという感じだけれども
どんな感情にしろ、時期を逸するということは損以外の何者でもない
大体の感情は、人に知られてなんぼだ
愛や嫌悪や喜びや悲しみも、ある意味では他人と共有する為の感情だ
そしてリアルタイムに伝えられなかった感情ほどどっちらけなものもないのだ
例えば、「私のこと子供のときメガネザルって呼んだよね。ずっと怒ってた。謝って」と小学校のとき私をからかった原君に言ったところで、はあ?となる
当然そうなる
だから、あとあとになって怒りに気付いても、自分で白ける
白けるけれども、怒りは白けない
共有できなくて発散されなかった分、むしろ膨れ上がったりするのだ
そして相手は、何故怒らせたのかさえ覚えていなかったり気付いていなかったりもする
一人芝居お疲れ様でございます的な惨めささえプラスされる
一人で怒ったりそのことで傷ついたりしているのが、とてもバカバカしいことだと、自分でも思うのだけど
だからといってどうにかなるほど、私も大人ではないのだ
っていうか根に持つタイプだから一生忘れないと思う
だからやり場のないというよりは行きどころのない怒りを持て余してるのだね、ナウ!
なんだか最近こういうことが多い
もともと悪ノリするところがあって、それはそれで別によかったのだけれども
最近は、わざわざ私が傷つくことを言ってちょっと喜んでいるみたいなところがある、気がする
私を自分が一番傷つけられるっていう自負があるのかもしれない
私も気付かないで誰かを傷つけてることってあるのかもしれないけど
まああるのかもしれないけど
・・・なんだろうね
・・・何を言いたいのか何がしたいのかよくわからない
自分の事もわからないし相手のこともわからない
ダメね~私
とりあえず、知らない人しかいない町に住んで知らない店で知らない酒飲んで前後不覚になって道端で吐いておまわりさんに介抱されてみたいです
早く年取って汚いババァになってみんなに嫌われたいです
それから
アムロ:「殴ったね」
ブライト:「殴ってなぜ悪いか。貴様はいい、そうやって喚いていれば気分も晴れるんだからな」
この時のブライトさんくらい芝居がかったポーズを素でできるような人間になることが今の目標です



