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おらのいえにははかりがねえ

気づけばGWも残すところあと一日。微妙に鬱になってきた私です、こんばんわ…

 

鬱はさておき、GWなのでピザを焼きました

冷蔵庫お掃除ピザ

 

いつもどおり役立たずなレシピを公開したいと思います

 

材料(※ おらのいえにははかりも大さじ小さじもねえ!)

強力粉・・・・・・食べたい量を想像することからはじまる適量

塩麹・・・・・・・塩気が強いことを鑑みての適量

水・・・・・・・・適当な適量

砂糖・・・・・・・ドライイーストの餌になるくらいの適量

ドライイースト・・経験的に適当と思われる適量

タマネギ・・・・・生地を伸ばしてみてそこから考える適量

トマト・・・・・・彩りのバランスを考慮しての適量

アスパラ・・・・・あるだけ全部。それが適量

ベーコン・・・・・お肉に対する情熱に左右される適量

モッツァレラ・・・最後の晩餐はチーズ。そんな私だから非常識な適量

バジルソース・・・生地を緑色に染め上げろ!それが適量

 

 

料理に大事なのは感覚です。涙の塩辛さに気づくには泣かなければなりません。意味がわかりませんが、考えるな、感じろ、つまりそういうことです

 

レシピ

適当に生地を作る

素晴らしく適量の強力粉・砂糖・ドライイーストをボールにぶち込んで軽く混ぜておきます。そこにジャスト適量の塩麹と水を加えます。粉物を適当に作るなんてと批判の声が聞こえますが、正直粉物生地の発酵がうまくいかない場合はその他に原因がある場合のほうが多いのではないかなと感じるので気にしなくていいと思います。考えるな、感じろ。適度にネリネリを楽しんだら丸めてラップをかけて放置します

 

一次発酵待ち

今回はフワっと感のあるパン生地を想像していますので、一次・二次発酵まできっちり工程を進んでいきたいと思っています。といっても見つめているのもアレなので、鼻くそをほじってお待ち下さいといつも通り言いたいところなのですが、具材を用意したりお酒の準備したりしているのも悪くないですね

 

二次発酵待ち

一時間くらい放置した後に、生地に指を突き刺してみましょう。良い感じにぐぬぬとなったら成功です。丸めなおしてまた放置しましょう。本来二次発酵は低音というのがセオリーですが、別にそのまま放置でもOKだ、と思います。ちなみに、発酵がうまくいかなかった場合のことですが、そこは潔く諦めてください。うすーくうすーく伸ばせば食べられます

 

ピザ整型

生地をお好みの方法で伸ばしてください。麺棒で伸ばすも手で伸ばすも、空中でぐるぐる回すのもあなたの自由です。ここでオーブンの余熱をはじめるのがよいかと思います

 

アヒャヒャヒャヒャ!!

お待たせ致しました。両手にフォークの準備はよろしいでしょうか。気が狂ったかのように生地を突き刺しちゃってください、存分に。これは生地の空気を抜き、膨らみすぎるのを防止する大事な、聖なる作業です

 

トッピング

多くを語る必要はないかと思います。生地をソースで染めたら冷蔵庫にあるお好きな材料をお好きなだけトッピング。生モッツァレラを使う場合は小さく切ったものと大きく切ったものを用意するとすごく素敵な仕上がりになる、と思います

 

オーブンにお任せ

ご使用のオーブンのスペックで温度や時間に差がでると思います。オーブンに任せるとヤバイので、様子を見ながら焼いていきましょう

 

今回に生地に塩麹を練り込んでみたのですが、ちょっとモッチリ感がでて美味しいですね。独特の風味も楽しめます。オススメです

赤ワインとオレンジジュースを適当に混ぜたなんちゃってサングリアと一緒にいただいたら最高でした。コチラもあわせてオススメです

 

 

 

日記

スーパームーンならしい

ブレてるんだけども

下を見たら猫がいたのでどーでもよくなったよ

白っぽいほうが雑巾Jr

最近雑巾シニアのほうを見かけないけど元気かなー

 

 

 

 

さーくらーさーくらー

若いころは桜が嫌いでした。花見といったら夜が基本でして、夜桜の底知れぬ雰囲気に負けていたのだと思います。こんばんは!若くない私です

 

染井吉野だけが桜ではないですよね? ね!

影の夜桜

染井吉野に遅れること2週間、枝垂れ桜が咲き始めます

枝垂れ桜は夜でも不気味さはありません。染井吉野よりずっとピンク色が強いからでしょうか。そういえば、昔も今も花の色は変わらぬというのに、華やかな色彩が世に溢れているせいで人間の目は淡い色をうまく認識できないようになっているそうです。昔より桜の色が薄く感じませんか? そんなあなたの目は人工的な色彩に慣れすぎています。花の色は変わっていません

夜桜

偉そうなことをいったところでピンぼけです

もともと視力が悪いせいか、酔っているとますますピントがあいません。でも、夜桜を酔わずに見るなんて……言わずもがなです

 

昼間同じ場所に行ってみました

枝垂れ桜

ピンぼけの理由が説明できませんね…..シラフです

手ぶれ補正がないというのは難しいものですよね。そのぶんカッチリあった時の喜びはすごいのですが

川と桜

枝垂れ桜の色、とてもいいと思います。それでいいと思います!

 

日記

ギプスとれたでー!!!! 足が固まってるみたいでうまく歩けない

そのうち慣れると思うけど

普通の靴を履けるようになったから万々歳だぜ!

遅ればせながら春でございます

桜

 

逆光の桜

宇都宮にもやっと春が訪れたわけですが…

ちょっとホワイトバランスがナニでしたか。教訓は次に生かすということで

 

今年は、骨折していたおかげでお花見に行けませんでした。宇都宮の花見というのは山の上でやるものでして、さすがに山は登れません。来年こそは!

 

 

日記

靴下が失踪しすぎ。片方しか履けなかったからだけど

靴は履けなくても失踪しないのに靴下は本当に厄介なやつだぜ

 

 

日記

ありがとうという手紙が届いた

ありがとうと君に言われるとなんだか切なくもないけど、ちょっと驚いた私です、こんばんは!

 

 

帰宅したらありがとうという手紙が届いていました

長野県は栄村から

はて?と数秒首を傾げて、あぁ栄村も震災から1年経ったのだなと気づきました

 

1年前の昨日東北地方で震災が起こりました

その時大地が揺れた | 真・帝王の一人遊び

当時の私の日記にも記されていますが、私も、エレベーターが滝になったり停電して布団の中で震えたりスーパー銭湯に通ったりとちょっとした被害を被りました。しかし住む家がなくなったわけでも大怪我をしたわけでもなく、普通にではないけどそれなりに仕事をしたりお酒を飲んだり、普通に近い生活を送ることができていました。寧ろちょっとした非常時を楽しんむような不謹慎な一面もあったのです。まぁ不謹慎が形をなしたような人間ですので

しかしながら、報道で見る悲惨な有様に柄にも無く心を痛めていたようなそうでもないような、あらあらまあまあ大変だなぁくらいは思っていたわけです。その反面「うちだって水道でないんだから!レディなのに管理人室にunkしに行ってるんだから!」などとも思うわけなのですが

 

まぁunkはさておき結論を言いますと、

人生に何回もないであろう未曾有の大災害に遭遇したわけで、無事だったのは御の字である、私も何かちょこっとは世間様の役にたたねばならぬと思い至ったわけです。しかしながら、仕事もあるし体力及び根性は皆無だしでボランティアは不可能です。ということで、少額ではありますが、被災地に当たる自治体宛てに数カ所募金をしたのです。どこに募金しようという目的もなく、ゆうちょ銀行の募金先口座一覧を見ながらポチポチとゆうちょダイレクトで

その中の一つに栄村があったのですね。訪れたこともなく、知人もおらず、震災の被害にあったこと、長野県にあること、雪深い土地であること、そのくらいの知識しかありませんでした。

同様に、私がオンラインで送金した募金からも、私という人の人となりや気持ちも届かないだろうと思いました。私のヌクモリティは届かなくてもお金は届くわけで、何かしら役に立ててくれればそれでよいと思っていたのです

だから、素直に、嬉しく思いました

 

 

今のところこのような便りは、他の自治体からは届いておりません

ギブ・アンド・テイクというとビジネスライクな冷たい表現にとられるかもしれませんが、自分の与えたものに、見返りがあったほうがいいのは人間誰しも当たり前でしょう。募金というのは最初から返ってこないものと思って金銭や金銭に見合うものを与えることです。しかし、お金は返さなくてもいいけれども、返すべきものもあると思うのです

どの被災地も未だ復興のさなかであると思います。満足な生活を送ることができないでいるでしょう。でも、震災を忘れないで! 私たちはまだ困ってます!助けて!と叫ぶ前に、まずあの時はありがとうというべきなのかもしれません。その後に、まだ足りないのですとか困っていますと言えばいい、と私は思っています

こういうことを言うと叩かれそうではありますがw

 

「ありがとう」

「どういたしまして」

などというやり取りは3秒あればできます

そうしてまた、助けあえばいいのではないでしょうか。そのほうがお互いに気持ちがいいのでは?

 

 

 

 

 

なんつってね☆

君思う、故に我あり

我思う故に我在りといったのはデカルトですが、人間とは相対的なものであって他者の認識によってその存在や姿を変えるものだと思います。いきなりどうした。こんばんは、私ですよ!

 

われおもう | 774no874

友人のブログを読んでふーんと思ったのでちょっとブログについて書いてみようと思います。

 

ブログの体裁や一人称というのは、書き手のイメージを固定する上で大事な事です。さらに言うならば、書くテーマを限定すると集客という意味で効果的だと思われます。はさておき、

 

私は一人称は御存知の通り、ほぼ「私」を使用しています。ほぼと言いますのは、時々「ワタクシ」も使用しているからです。実は普段使用している「私」も、「わたし」ではなくて「ワタクシ」と読みます。という設定です。だから「ワタクシ」と「私」は同じなのです。読み手は「気分で変えてるのかもな」と思うかもしれませんが、そのような個人的な要素ではなく、ただの予測変換の産物です。つまらなくて申し訳ないのですが、Google次第です。要するに適当なのです

 

しかし、そんな適当な私ですが、決め事というのも実はちゃんと存在しています。一つは、「私です、こんばんは」や「こんにちは、私です!」など冒頭部の挨拶です。ただの私アピールですから特に意味はありません。敢えて言うなら様式美というものですね

次に、いわゆる硬い日本語で書くということです。どーでもいーこと、他人が興味を持ちそうにないくだらないネタ。アホな話、Hな話も、とにかく平易な日常の話題を何故か硬い日本語に変換して書きます。しかしこれは単なる要素の一つに過ぎません。一番大事なことは、本来の私との乖離です

私はいつも、非常に汚い日本語を使用しています。胸を張って言うようなことではありませんが、悪態上手です。男性的口語の使い手です。ほぼマスターだと思います。

だからここでは、硬く丁寧な日本語で書くという決め事を遵守しているのです。ブログやSNSというものは第二の自分を生み出す快楽というものが存在するように思います。私にとって、リアルな日常の自分、オフィシャルな自分と違う自分であることを大事にしたいのです。わかりづらいでしょうか

 

つまりこういうことです

設定:腹が立つことがあった

実際の私「クソが!死ねばいいわ!!」と怒りと自分の短気さ具合をありのままに表現します。どなたにでもご理解いただける安定と信頼の表現法です

仮の姿の私「クソが、と思ったのです。その時私は」などと倒置法を使って怒りを文学的に表現します。少々わかりづらい場合もあるかと思いますが、これが大人の表現法です

 

わかりづらいでしょうか。もうちょっと面倒くさくなって来ましたので、本当にわかりやすくお伝えしますと、ここに二人の私が存在することになったわけです。感情の赴くままに行動する人間的な私と、感情に流されず冷静かつロジカルに事を運ぶ私です。こういうことこそがブログの醍醐味であると、私は思うのです

 

 

実際問題、普段の口調で書くと我ながら読むに耐えません。以上です

 

 

日記

足が二倍くらいになってるよぉ…

全ギプスになった日の夜、猫が足を凝視してて笑ったのだが、これじゃガン見するっていうw