ありがとうという手紙が届いた
- 2012年 3月12日
- 投稿者 : halkc
ありがとうと君に言われるとなんだか切なくもないけど、ちょっと驚いた私です、こんばんは!
帰宅したらありがとうという手紙が届いていました
長野県は栄村から
はて?と数秒首を傾げて、あぁ栄村も震災から1年経ったのだなと気づきました
1年前の昨日東北地方で震災が起こりました
当時の私の日記にも記されていますが、私も、エレベーターが滝になったり停電して布団の中で震えたりスーパー銭湯に通ったりとちょっとした被害を被りました。しかし住む家がなくなったわけでも大怪我をしたわけでもなく、普通にではないけどそれなりに仕事をしたりお酒を飲んだり、普通に近い生活を送ることができていました。寧ろちょっとした非常時を楽しんむような不謹慎な一面もあったのです。まぁ不謹慎が形をなしたような人間ですので
しかしながら、報道で見る悲惨な有様に柄にも無く心を痛めていたようなそうでもないような、あらあらまあまあ大変だなぁくらいは思っていたわけです。その反面「うちだって水道でないんだから!レディなのに管理人室にunkしに行ってるんだから!」などとも思うわけなのですが
まぁunkはさておき結論を言いますと、
人生に何回もないであろう未曾有の大災害に遭遇したわけで、無事だったのは御の字である、私も何かちょこっとは世間様の役にたたねばならぬと思い至ったわけです。しかしながら、仕事もあるし体力及び根性は皆無だしでボランティアは不可能です。ということで、少額ではありますが、被災地に当たる自治体宛てに数カ所募金をしたのです。どこに募金しようという目的もなく、ゆうちょ銀行の募金先口座一覧を見ながらポチポチとゆうちょダイレクトで
その中の一つに栄村があったのですね。訪れたこともなく、知人もおらず、震災の被害にあったこと、長野県にあること、雪深い土地であること、そのくらいの知識しかありませんでした。
同様に、私がオンラインで送金した募金からも、私という人の人となりや気持ちも届かないだろうと思いました。私のヌクモリティは届かなくてもお金は届くわけで、何かしら役に立ててくれればそれでよいと思っていたのです
だから、素直に、嬉しく思いました
今のところこのような便りは、他の自治体からは届いておりません
ギブ・アンド・テイクというとビジネスライクな冷たい表現にとられるかもしれませんが、自分の与えたものに、見返りがあったほうがいいのは人間誰しも当たり前でしょう。募金というのは最初から返ってこないものと思って金銭や金銭に見合うものを与えることです。しかし、お金は返さなくてもいいけれども、返すべきものもあると思うのです
どの被災地も未だ復興のさなかであると思います。満足な生活を送ることができないでいるでしょう。でも、震災を忘れないで! 私たちはまだ困ってます!助けて!と叫ぶ前に、まずあの時はありがとうというべきなのかもしれません。その後に、まだ足りないのですとか困っていますと言えばいい、と私は思っています
こういうことを言うと叩かれそうではありますがw
「ありがとう」
「どういたしまして」
などというやり取りは3秒あればできます
そうしてまた、助けあえばいいのではないでしょうか。そのほうがお互いに気持ちがいいのでは?
なんつってね☆




